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桶川東口校コラム 漫画で歴史を学ぼう! 第9回『つらつらわらじ』

漫画で歴史を学ぼう

みなさん、こんにちは。社会と漫画を愛するサイエイDuo桶川東口校の竹下が、日本と世界の歴史をマンガでめぐって行こうという企画の第9回目です。

さて新年を迎えまして、中1~2の学年末テスト対策や、新中1生の準備講座などに向けて、基本に戻って歴史の頻出事項と漫画のリンクを考えていきたいと思います。今回は中2対策で、参勤交代をあつかってみたいと思います。学校によってはとっくに江戸末期まで進んでいるところもありますが、中3生のおさらいにもなりますので、オノ・ナツメの『つらつらわらじ』で幕藩体制を語っていきたいと思います。

  • 作品名:『つらつらわらじ』(全5巻)オノ・ナツメ(講談社・2013年)
  • 時代区分:江戸中期(寛政の改革)

学習ポイント:参勤交代の目的と、寛政の改革の評価

オノ・ナツメの画風から「オシャレでアートな漫画でしょ」と敬遠していたのですが、一読してびっくり。漫画としてきちんと面白いのです。オシャレな現代を舞台にした作品から、江戸の盗賊物など、さまざまな作品を手掛けていて、絵のタッチも巧みに変えているのに驚きました。本作はデフォルメの強いコミカルなタッチで描かれていますが、内容は深みのある人間ドラマであり、よくできた時代劇でもあります。

備前岡山、31万5千石の藩主、熊田治隆(おそらく池田治政あたりがモデル)が参勤交代で江戸に向かう。外様の大藩の殿様で、派手好きで知られる治隆は、幕府で権勢をふるう松平定信から目をつけられており、17歳で初めての参勤交代に参加する供家老の熊田和泉は、ほかの家老衆との対抗心もあり、緊張とプレッシャーに出発前から押しつぶされています。

公儀御庭番(忍者)の倉知も松平定信から、熊田家を陥れるため、中間(参勤交代に雇われる下級武士)として大名行列に参加しますが、大阪の豪商、鵬池家(鴻池家がモデル)から送られた暴れ馬を抑えたことから治隆に気に入られて、妨害工作どころか治隆の馬の口取りを命じられてしまいます。

治隆は贅沢好きのバカ殿のようなふりをしつつ、実は家臣や、国の民、街道の人々、それどころか、幕府の政治についても深い考えをもっている人物であることがだんだんと読者にもわかってきます。治隆と触れ合うことで、家老の和泉も、隠密の倉知も、街道の人々も、それどころか江戸にいる松平定信でさえ、次第に変化を遂げていくさまが、さりげなく描かれています。

こうしてあらすじを書いてみると、改めて、良い作品だと感心します。ではそろそろ高校受験とリンクして見ていきましょう。

さて、本書のテーマである参勤交代は江戸時代初期、三代将軍徳川家光の頃に制度化されました。「どんな制度だったか」という記述もありますので、まとめますと

  • 各藩の藩主を一年おきに江戸と領地を移動させる制度

となります。この制度の目的としては

  • 外様大名の経済力を削ぎ、妻子を江戸に置かせることで人質とすることもできた。

となります。

特に外様大名の経済力を削ぐ仕組みを理解するのが大切です。関ヶ原の戦い(1600年)徳川家康は勝利しましたが、早期に決着をつけたため、多くの外様大名が残りました。豊臣政権の頃からの大名は、表面上は徳川家に従っていますが、いつ寝返るかわからない、危険な存在となります。

そこで家康は、外様大名には恩賞として大きな石高を与えますが、江戸や重要拠点からは遠いところに配置換えを行いました。そうして江戸の近隣や、金山・銀山・重要な港・京都周辺などには譜代大名を配置します。しかし譜代は元々徳川家の家臣だった大名なので、忠誠度は高いが石高はそれほど多く与えられませんでした。

高校入試ではあまり問われない用語に「武断政治」というのがあります。徳川家光は当初、外様大名を次々と取り潰しました。「文句があるならかかってこい」というのが「武断政治」のころの雰囲気です。ところが、相次ぐ取り潰しで浪人が大量に発生し、由井正雪の乱など、治安が悪化します。うかつに外様大名を取り潰すわけにもいかなくなります。

そこで武家諸法度に参勤交代の制度が加わります。取り潰すのでなく、弱らせる政策が採られていきます。参勤交代は石高の高い藩ほど人員も多くなるし、移動距離が長いとそれだけ費用も高くなります。譜代大名は石高も少ないので人員も少ないし、江戸の近くなので負担が少ないので、外様だけを弱体化できます。実によくできた仕組みです。でも、こうしたことから、「徳川家光って賢かったんだ」と思うのは間違いです。家光時代には、中学校では習いませんが、保科正之や、金地院崇伝、酒井忠清のような優秀なブレーンがいたからです。

そして、参勤交代は、その優秀なブレーンたちも予期していなかった、副産物がありました。それは街道と商業の発達でした。定期的に、大名が街道沿いでお金を使うのですから、五街道などの街道沿いには宿場町が発達し、貨幣経済が地方都市から、農村にも浸透していきました。

江戸中期には、貨幣経済はほぼ日本中に普及していました。これを理解して、そうした流通経済からの収税を考えたのが田沼意次でした。田沼の政治をまとめると以下のようになります。

  • 株仲間の奨励
  • 長崎貿易の拡大
  • 蝦夷地探検の推進

わいろ政治家と呼ばれて、江戸時代当時は評価の低かった田沼ですが、現代では再評価されています。漫画ですと、歴史漫画の大家、みなもと太郎の『風雲児たち』では、悲劇の政治家として絶賛されています(この作品については、いずれあつかう予定です)。開成中学の先生が推薦図書にしていた、半村良の大河伝奇小説『妖星伝』では冷徹な極悪人に描かれてましたが。

その田沼意次の失脚後、幕政を握ったのが松平定信です。この人は田沼と反対で、昔は評価が高かったけれど、近年評価が低下している人です。教科書でも「三大改革」とされているものの、その業績としては

  • 義倉(ききんに備えて雑穀を貯蔵)
  • 棄捐令(御家人の借金帳消し)
  • 旧里帰農令(江戸に来ていた農民を村に戻す)
  • 寛政異学の禁(朱子学以外の学問を禁止)

となりますが、あまり出題されていないです。政策との傾向としては、祖父の徳川吉宗享保の改革も理想とする、節約・贅沢禁止による緊縮財政でした。結果として改革は成功していません。

しかし、松平定信の人格を否定する人はあまりいません。『つらつらわらじ』でも頭の固い潔癖主義者というだけで、自分にも他人にも厳しいストイックな人物と描かれています。彼は経済が理解できず、熊田治隆のような消費行動が経済を活性化するということがわかっていなかったのです。

とういわけで、大名行列が進むうちに、松平定信も次第にそのことを理解します。しかし、自分はそうした経済政策を行えないことも悟り、岡山藩への敵意を収めていきます。

実際の歴史では、失脚した後も定信の路線が継承され、幕府の改革はうまくいかないまま幕末を迎えます。経済を活性化するのは生活への安心感と、消費行動の促進というのは公民経済分野の基本中の基本です。中学生の皆さんも、そこら辺をわかっている政治家を支持してもらいたいものですね。ではまた。

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